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■交流会・延齢草へいってきました!

 今年も9月22・23日、スタッフと会員さん6家族とで、『アルプ・カーゼ』チーズの生産者、小林さん 一家の営む延齢草を訪ねました。宮池が報告します。

延齢草のやぎさん


  主の小林俊夫さんは、私たち名古屋生活クラブで、山羊を飼うことを勧めて下さった方でもあります。『人は雑草を食べて生きることは出来ない。けれど山羊を飼うことによって、山羊は雑草を食べ、私達人間は山羊のお乳やお肉を頂きながら自然界のつながり、調和を感じて暮らすことが出来る。』そんなご提案からでした。

延齢草は、南アルプスの麓、長野県下伊那郡大鹿村の、標高1,000mの地にあります。雄大な自然の中に、取り壊される運命に合った木造中学校を移築した、グリーンツーリズム型(乳搾り、チーズ作りなど様々な農業体験が出来る)宿泊施設です。 戦後まもなく、村の大人達みんなが、民主主義教育のシンボルとして、子ども達に希望を託して建てた中学校。小林さんは、自らの母校でもあり、みんなの希望と思い出のつまった重厚な木造校舎の消滅を、『取り壊すことは簡単だけれど、失えば二度と戻ってこない重大な事態』として、納得がいきませんでした。そして全ての責任をご自分で背負い、都会の人がいつでも日本の原風景に帰ってこられるように、延齢草として解放されました。

都会でのサラリーマン生活も経験された俊夫さん・静子さんご夫婦は、酪農生活を志してこの地に移り住み、6畳ほどの小さな小屋でのランプ生活から暮らしを始められました。トラクターは一度も使わず、木を切り倒し、礫の多いこの地の石をひとつひとつ拾い、牧草の種をまき、牧草地を開きながら牛を飼い、米や野菜を作り、生活を営みました。お二人の娘さんも共に、小さい頃からご夫婦の背中を見ながら農業と家の仕事を徹底的に教わり、家族全員が力を合わせて暮らしを切り開いていらっしゃいました。やがて80年代半ば乳価の下落などから、酪農経営に区切りをつけ、チーズの一貫生産経営に踏み出されました。 チーズ作りを学ぶためにスイスへの留学・・・スイスでは本格的なチーズ作りを学ぶ他に、受け入れ先の大世帯の農家では、ご夫婦が目指してこられた農業の在り方を再確認されました。それはその地を愛する家族が、子供も大人もそれぞれの役割をこなし、力を合わせて農業と暮らしを楽しんでいる姿でした。また忙しい中にも家には花を絶やさず、週末にはご家庭のありのままの形で都会の人を受け入れ、農作業を通して交流する、グリーンツーリズムが根付いていました。 『日本にもこんな通い合いが広がるのが理想』と思われていたところに、思いも寄らぬ木造校舎の取り壊しの話が持ち上がりました。ご家族にとっては大きな決断でしたが、『何が大切か、これから何が本当に必要なのか』そんな視点をいつも忘れずに行動されるご一家は、こうして延齢草を始められ、今年は記念すべき10周年を迎えられました。

私は、ここを訪れる度に、自然の姿そのものの辺りの風景に包まれ、木造校舎の木の温かさや歴史の重みを感じ、山羊たちに触れ、小林さんご一家とお話させて頂いて、心がまっすぐになるのを感じます。

今年、奥様の静子さんは「私たちがゼロから切り開いて来た様に、どんなに鄙びて忘れられそうな土地の方にも、その地の活用法があるという、モデルになれたら嬉しいと最近思っている。」とおっしゃっていました。「その地の土さえきちんと見つめていれば、あとはものの見方、考え方、発想の仕方次第なのよ。」 というお言葉も忘れられません。 私たち街の人間は、こんな山村が日本の各地にあり、そしてそんな日本の原風景や農のお陰様で生きてゆけているという事を、全く知らない者も多いでしょう。そして大切な事を見失っていることも知らないで暮らしているのかも知れません。暮らしにたねをまき、志を曲げずに、けれども柔軟に行動し、私たちにいつも大切なことを教えて下さるご一家。ものの見方を考え直し、何を選ぶか行動することは、都会に住む私たちにも出来ると言うことを、多くの方に実感していただけたらなあと願います。とは言いながら、街に戻るとすぐに心をごちゃごちゃにしてしまう弱い私。そんな時、小林さんのお話、(今回はご出産のためにお会い出来ませんでしたが) お料理上手な娘さんの野花さんが台所に立つお姿などを思い出します。それだけで、進む力が湧いてきます。私たちは日本にこんな宝ものを沢山もって同世代を生きているという喜びを、忘れずにいたいと思います。私の拙い言葉では、とても伝え切れません。

皆様も是非、いつか延齢草にお出掛けになって、大自然の中で自然と、自分自身の声を聞きながら暮らすという醍醐味を知って頂けたらと思います。



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